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葵寿し店主・馳信治(はせ のぶはる) 1946年 金沢生まれ 寿し家業一筋、40年になりました。 がんこなオヤジですが寿しのことなら何でも聞いて下さい。 |
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八田 彰(はった あきら) 1981年金沢生まれ 魚座 カウンターのアシスタントや裏方の仕事をしています。新しいメニューに挑戦して行きたいです。葉蘭切りが得意です。趣味はスノーボード、スキムボード、海水浴です。 |
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新田 裕也(にった ゆうや) 1982年金沢生まれ 水瓶座 A型 裏方の仕事をしています。まだまだ未熟なので、毎日すべてが挑戦です。葵寿しの理念「楽其味(その味を楽しむ)」が好きです。魚釣り、スノーボード、友人と飲みに行くのが楽しみです。 |
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大椿 竜也(おおつばき たつや) 1989年2月生まれ 水瓶座 今は裏方の仕事しています。将来の目標はまだ決まってないですが、いろんなことに挑戦して勉強していきたいと思ってます。 パソコンを使うのが得意です。 |
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馳 隆子(はせ たかこ) 1948年金沢生まれ 水瓶座 フロアー係です。お客さまに美味しさと満足を提供できるように頑張っています。パソコンをスイスイ使えるようになってお客様にメールをお送りしたいです。 |
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| 葵寿し誕生物語 語り手/店主・馳信治 | ||
| 「寿し」をたらふく! 寿しが大好きで、寿司屋で働いたら寿しがいつも食べられるんではないか、といたって単純な動機でこの道に入りました。 昭和38年、大阪の信夫寿しに弟子入り。若干17歳、紅顔の美少年?でした。 ディスカバーKanazawa 3年後の昭和41年、金沢に帰り「寿し万」で3年間、修行をさせていただきました。 この間「金沢という地はなんと食材に恵まれていることか!」 魚はいうまでもなく 水もうまい! 米も旨い!と、いうことに気付かされました。 大阪にいた頃は食材については、たいして気にも留めていなかったのですが金沢に帰ってきて地元の良さを再認識したのです。 私にとっての大いなるディスカバージャパン、ディスカバーカナザワでした。 よくよく気をつけてみれば金沢にしかない料理もたくさんあり、まだまだ勉強せねば、との想いを強くしました。 昭和42年に調理師免許を取得したことで、寿し職人としての自覚も芽生え、金沢で、日本の本格的な寿し屋をつくろうと決意しました。 昭和47年、金沢市中橋町で「葵寿し」を立ち上げました。 26歳、ふるえました。 昭和59年10月 厚生省 すし専門調理師免許認定157号 労働省 すし調理技能士合格 157号 この頃から寿し組合の技術部長をつとめるようになりました。技術コンテストなどのお世話をしております。私がここまで葵寿しを続けて来られたのもたくさんの方々の支えがあったればこそです。何かの形で少しずつお返しをせねば、と思った次第です。 平成2年12月 有限会社葵寿しに法人化 平成3年10月 金沢市長田1丁目に「寿し割・烹葵寿し」を移転開業、現在に至る。 平成6年10月 「石川県知事賞」受賞 平成10年 石川県鮨商生活衛生同業組合金沢支部長 石川県調理師専門学校講師 平成12年10月 「厚生大臣賞」受賞 平成17年1月 「金沢市料理名工賞」受賞 平成19年10月 日本醤油協会「第5回醤油名匠」受賞 「葵寿し」の名前の由来 山葵(わさび)の一字をとって「葵寿し」と命名しました。 ご存じのように山葵は寿しに欠かせない薬味です。卸板に「の」の字をかいて生ワサビをすりおろすと瑞々しい、あおい香りが広がります。 本当にたまりませんね、この香りは。 葵寿しには「このあおさ、この瑞々しさをを一生続けていくぞ」の気持ちが込められています。 で、47年の創業以来、ずっと生の山葵を使っています。 「山葵」は葵寿しの原点でもあります。 葵寿しのこだわり ●寿しに必要な食材すべてにこだわりたい ●旬のおいしさを提供したい 魚、米、水はもちろん調味料(味噌・塩・醤油)そして、にがり、海苔、茶、自家漬しょうが、料理に合う日本酒やワインの厳選などなど。 寿しが旨くなるとわかったらどんなに手がかかろうとトコトン挑戦しています。葵寿しが現在、使っているいやさか米も納得のいく酢飯にするまではたいへんでした。 でも、この美味しさはきっと感動していただけると、ひそかな自信をもっています。 何よりも 「基本を忠実に」、若い職人と共に創作寿しにも挑戦しているこの頃です。 また次世代へ羽ばたく寿し職人の育成も応援し、寿しの街・金沢をもっともっと広くアピールしていきたいと思っております。 |